なんだかんだ大好きなまま

声豚のひとりごとですがアイコンは豚じゃないです

推しのリプ返の話

月一で更新しようと思ってたはずのこのブログの更新がすっかり止まってしまった。

前回吐き出したいことを全部吐き出したらそれはもうすっきりして、自分の中で一区切りついてしまったのかもしれない。

 

あれから案の定推しはころころ変わった。推し自身というよりツイッターの使い方だけど。推しの安否は基本的にツイッターでしか伺うことができないので、お芝居以外で唯一推しとオタクを繋ぐ重要なツールだ。

推しがオタクにビビったのか、一時期リプ返をやめて明らかにオタクと距離を置いていたものの、最近はどんな心情の変化があったのかは謎だけど以前のようにまたリプ返をするようになった。本当に謎。結局なにがしたかったんだ?

 

あからさまに推しがオタクと距離を置いていた期間はとても心が楽だった。

最初は正直寂しさもあった。レス目当てで好きになったわけでは断じてないけど、今までそれで安定していたのに突然ぱったりやめられると、どうしても寂しさが生まれてしまう。

けれどそれは最初だけで、だんだんと向こうからのレスを気にしなくていいことに安心感を覚えはじめた。もちろん常識は守ったうえで、しかし何を言っても相手からの返答を気にしなくていいというのはすっごい気が楽だということを実感した。

しかもオタクと距離を置いたということは、ほかのオタクに対してもレスをやめたということで、余計なものを見なくて済むというのが何よりも嬉しかった。無駄な心労が減ってひじょ〜〜〜に気持ちが軽くなった。いや〜、楽だね。これが何より楽だった。

リプ返っていらなくない?されたら嬉しいけど、されない気楽さの方が上だと今回とても理解した。

 

そんな感じで、これは楽だな〜、推しの判断ナイス!とか思っていたら、上に書いたようになぜかまたリプ返するようになり、おいおい今までのは一体?なんだったの?とクエスチョンマーク浮かびまくりでやっぱり理解できない。

どうせ遅かれ早かれ人気になるにつれリプ返なんてできなくなるんだから、ここですっぱりやめるのかなって思ってたのに、そういうわけではなかったんだな……。なんだろ、オタクの相手したくなっちゃったのかな……。ありがとう、優しいね。

推しはとても優しい人だから、できる限りコミュニケーションとりたいのかなぁとか色々考えると、どこまでもオタク想いだなぁと実感する。

そういうところも大好きだしありがとうという気持ちも強いけど、優しくされると辛くなっちゃうから……ごめんねオタクわがままで……。

せっかく寂しいという気持ちを乗り越えて気が楽だと思い始めたのに、また前と同じになったら以前の悩みが戻ってくるし、そして再びリプ返をやめたときにまた寂しく思うんだろうな、と、今後も変化に振り回されそうな予感しかしない。向こうも試行錯誤の最中なんだろうけど、できれば早く安定してね。よろしくお願いします。

 

関係ないけど、推しからもらったリプをヘッダーや固定ツイにして自慢してるオタクを見かけるとふふってなる。推し被りでそれやられたら、は?ってなるけど、そうじゃなければ嬉しかったんだなって素直に微笑ましくなるので、見るの好きです。

あれは自慢なのかな?マウントとってるのかな?どちらにせよ、推しとの思い出なんだなって好意的な目で見てます。推しからもらった言葉はなんでも嬉しいよね、わかる。